1 人への恐怖感がいっぱいだったAさん
Aさんは,刑務所に入所してからも周りの人としょっちゅう小さなトラブルを起こしていました。そういうAさんが自分自身のことを次のように説明してくれました。「本当は、人がとても恐いのですが、そういう弱い自分を見せたらなめられると思い、自分を大きく見せようといつもつっぱっていました。そうすることで必死に自分を守ってきたのです。しかし,いつも背伸びして気も張りつめているので、ストレスいっぱいで心に全く余裕がありませんでした。そうするうちに,いつしか本当の自分が分からなくなりました」と言っています。
さらに、「背伸びした自分の姿を見せ,それで周囲が『すごい!』と認めてくれているときはまだ不安も少ないのですが,失敗したときには恐怖感がやってきました。その恐怖感を隠そうとして心が壊れて行きました」と言っています。
2 「寂しい!」を言えなかったAさん
彼は、「僕たちみたいな人に足りていないのは,寂しさを出すことや不安だということを相手に伝えていくことです」と語ってくれました。
そして、「寂しさを出すことを恥ずかしがったり、不安を隠して強がってしまい素直に出せなかったりするから自分を苦しめてしまうんです。素直に寂しさや不安を伝えることができたら相手を怖がることもなくなると思います。そうすると,暴力を振るうことも無くなると思います。僕は,一人ぼっちになることをものすごく怖がっていました」と話してくれました。さらに、「自分の気持ちを相手に伝えるのは自分を助けることにもなると思います。偽りの自分で生きているため、人に大切にされているという実感を持つこともできませんでした」と述べています。
3 心地よく生きて行くためには「甘える力」が必要?
先日、ある女子大学生が、付き合っている彼氏のことを話してくれました。「『おいしい料理作って!』と素直に言えばいいのに、『まだできていないの?』とか『何でできてないの?』とか言う。素直に甘えたらいいのに!」というようなことを話してくれました。素直に甘えることをしないで、できていないことに文句を言う人はいそうです。
男性のなかには「甘え」を「べき」や「当たり前」にすり替えて、「甘えているわけではない」と思い込んでいる人もいます。「命令」や「支配」は素直に甘えられない人たちが強引に甘えている行為だとも言えると思います。素直に「してほしい」とか「寂しい」とかを言えたら人間関係の多くのトラブルが無くなるのではないかと私は思っています。そういった意味では「甘える力」は心地よく生きて行くためにはとても大切な要素だと思います。
4 甘えることができれば人の甘えを受け入れられるようになる
人の甘えを受け入れられるようになるためには、自分自身の甘えを受け入れてもらうことが必要です。私の息子が小学生の低学年のときに、登校班の上級生の男の子の背中にまとわりついて甘えていることがありました。その息子が上級生になったときには、低学年の男の子たちが息子の背中にまとわりついていました。自分がしてもらってうれしかったことをしてあげていたのだとお思います。
私は今、カウンセラーをしていますが、これも「話を聴いてもらえたうれしさ」がベースになっています。中学生の時に大好きだったりっこちゃんが隣りの席だったときに、私が話しかけると授業中であろうと必ず応答してくれていました。私はそれがうれしくてたまりませんでした。その時のうれしさが実感として強く残っており、今、対象者の話を真剣に聴こうとする姿勢につながっています。
5 厳しいしつけを受けたことで他受刑者と同じ部屋で生活できなかったBさん
受刑者のBさんは幼少期に食事の仕方を厳しく指導されました。Bさんはそのために他者の食事の仕方が気になって仕方なくなってしまいました。「なんでくちゃくちゃ言わすねん!」「なんで肘ついて食べるねん!」「なんで残すねん!」等の許せない気持ちが湧いてきました。その気持ちを我慢できなくて他受刑者と同じ部屋で生活することできなくなり、単独室での生活を強いられていました。
6 厳しくされると許せないことが増える
厳しくされると、がんばれるというのがあるかもしれません。しかし、厳しくされると、自分だけではなくて他者に対しても厳しく(きつく)なってしまうことが多いです。自分や他者に対して「許せない!」がどうしても増えてしまいます。
例えば、「冷凍食品なんて一切使ったことがない」という姑がいたら、息子の嫁が冷凍食品を使うことに注文を付けるでしょう。それだけで嫁姑の関係は悪くなりそうです。

7 挨拶をきっちりできる野球少年
野球をしている少年たちは、チームの監督やコーチから挨拶や礼儀を厳しく指導されることがあります。そのおかげで、野球少年たちは、挨拶ができるようになり礼儀もわきまえるようになります。しかし、そういう少年たちが学校の先生の指導を聞かず学校では手を焼く存在になることがあります。「監督やコーチの前ではちゃんとしなきゃ!」で挨拶や礼儀を身につけていくのですが、学校の先生は「関係ない」になるのかなと思います。
8 大人への挨拶がきっちりできる子
大人に対してきっちりとした挨拶ができる子が年下の子にいじわるなこともあります。大人の言うことに従っている分、年下の子を支配するというようなメカニズムになっているんだと思います。「挨拶をされるとうれしい」という実感を大切にすれば気持ちのこもった挨拶ができそうですが、「大人に言われたからやる」になってしまっているのだと思います。
9 「人に迷惑をかけない!」に縛られて他の人に甘えられなくなる
「人に迷惑をかけない!」と言われて育った方は多いと思いますが、この言葉を忠
実に守ると、人に甘えることがなかなかできない人になってもしまいます。そこにそ
の人の生き辛さの一つができてしまいます。また、迷惑をかける行為に対して「許せない!」という過敏な反応をしてしまうようにもなります。このように、自分にも他者にも許せないことが増えることも生き辛さの一つになります。
10 「自分にされたことを他者にする」というメカニズムを大切にしたい
このように、親や大人から指導されることが、自分や他者を大事にするということではなくて、支配する大人に従うことになってしまうことがあるようです。「自分がうれしいから相手もうれしいだろう。自分が嫌だから相手も嫌だろう」という実感を大事にすれば、もっと心地よく生きていけるのではないかと私は確信しています。
人はやさしくされればやさしい気持ちになり、冷たくされれば心が荒みます。「自分にされたことを他者にする」ということを基本にした子育てをすれば、子育てに失敗することは少なくなるのではないかと私は思います。